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ぱすてぃ

Author:ぱすてぃ
百合が好きでポケモンを好む、文章を書く人です。
好みのゲームは任天堂系/テイルズはじめRPG全般/デモンズ・ダークソウルなど。
百合は小説漫画といろいろ。百合文も書きたいです。

【ドラクエ10】
ぱすてぃ [MY795-653]

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ポケットパスタ・ゲーム記
ゲームのプレイ日記を書きたい分だけ書くブログです。3DS「RPGツクールフェス」で『かけらのメガルエ』を第1回コンテストに投稿中。
第十一話「今度は一色、魔法のチョーク」
 先日、感想を書けなかった安部公房の『魔法のチョーク』を大学のゼミで扱いました。なので、簡単にではありますが改めて感想を書こうと思います。追記からどうぞ。
◆安部公房『魔法のチョーク』(新潮文庫『壁』所収・18P・1950年初刊)

○ざっとはじめに
 安部公房は今回初めて読みました。ただ、ちょうど別の授業で同じく『壁』所収の『壁――S・カルマ氏の犯罪』を現在読んでおります。実は『壁』という文庫の作品は一連の連作のような形式らしく、全容を理解するには一冊丸ごと読む必要があるのかもしれません。今回はこの作品単体についての感想とさせていただきます。

○あらすじ
 主人公のアルゴン君は、世間に見放された貧しい画家。画材の一切も売り払った上で尚も貧窮極まる彼が無気力で居ると、不意に手に一本の赤いチョークを握っていることに気付く。画家としての性と人間としての欲求か、アルゴン君は自分の部屋の壁にチョークで食べ物の絵を描くと、なんとそれが実体化してしまった。
 歓喜に震えるアルゴン君は、次にベッドを描いて眠りこける。が、朝起きるとベッドもあらゆる食べ物も壁の絵に戻ってしまい、胃の中も心なしか軽く感じる。そこで彼は「チョークで実体化したものは日の光に当たると消えてしまう」という法則を知る。
 アルゴン君はそこで、描いた財布の中に入っていた紙幣を使って板や毛布などの材を買い、それによって自分の部屋を日光が入らない完全な暗室に改造した。これにより、実体化が失われることは無くなったのである。
 しかし、アルゴン君の真の苦悩はそこから始まる。部屋が寂しいと思って描いた窓に「自分で描いた景色」が必要であることを知り、「景色=新たな世界」を創造する難しさに苦しむようになる。
 その苦しさから逃げるように、以前買った新聞記事に描かれていたミス・ニッポンの女性を描いて実体化。彼女をイブ、そして自分をアダムだと規定するが、あくまで現実世界に生きることを望むミス・ニッポンに拒絶されてしまい、最後には共生の条件として彼女に分け与えたもう半分のチョークによって実体化したピストルにより撃たれ、ハンマーによって暗室を破壊されてしまう。
 チョークに全てを依存していたアルゴン君は、日光に当たることにより全てを失い、自らも壁の絵となってしまう。壁の中から「世界をつくりかえるのは、チョークではない」という声と共に、一滴のしずくが湧き出した。


○雑感
・短編として基本であり手本としたい、「ある日、突然(超自然的な)○○が~」の形式でした。その中でもこうしたマジックアイテムものはそのスペックに溺れて反動に苦しむのがお約束であり、この作品もそれに則っています。
・導入で魔法のチョークを手に入れる描写は非常にあっさりしています。文学的作品においては、あまりこういう箇所はくどく説明されない印象があります。

○アルゴン君の望みについて
・アルゴン君は物語冒頭において空腹に苦しみ、魔法のチョークを手に入れた直後は飢えを満たすことに専念しています。しかし、完全な暗室を手に入れた後は、急に窓を求め、そこに新たな世界を作ることを望むようになります。アルゴン君は結局、何を求めていたのでしょうか。
:ゼミの発表では、アルゴン君は食欲を満たした後も体に染み付いた“飢え”への恐怖を拭い切れず、今度は自分の内的な“飢え”を満たすことを求めた、とのことでした。それに必要なのは自分の存在を証明することで、そのために新たな世界を創造し、そこで自分が認められた存在になる必要があった、と。つまり、自分によって自分を承認するということですね。
・アルゴン君が画家であることによる、世界創造などに対する造詣の深さも一因だと思いました。
・新しい世界を自分で構成していく際、果たしてそこに、アルゴン君が望みながらも描けずに苦悩したような、景色としての広い空間は必要なのかな? とも思います。「世界」という言葉の定義の問題だと思いますが、別に自分の内面を満たすことが目的の世界であるなら、自分の好きなものばかり置いてればいいのではないかと。私だったらとりあえず敷地の拡大は置いておいてかわいい女の子の創出に注力します。
・ともあれ、アルゴン君としては、新しい「世界の創造」とは、それこそ神話のような天地創造譚から始まる、神話で語られる神の行いのようなものであるべきという考えがあるんだと思います。自分で自分を認めるに値するだけの世界に、そうした神話的イメージとしての「世界」が必要だった、ということでしょうか。


○アルゴン君→アダム:イブ←ミス・ニッポン
:ゼミでは、ミス・ニッポンの創出は、「世界を作る」という自己による自己承認手段に挫折したアルゴン君が、今度は他人によって自分を認めてもらうために行った行為で、そこには同時に、女性に対する欲求、他人との触れ合いに対する欲求もあったという見解でした。
:続きますが、そういう意図で作り出したイブは、しかしどこまでもミス・ニッポンの人格でした。現実の世界に寄り、現実の世界で多くの人々からの承認を受ける彼女の言葉は決してアルゴン君と相容れることなく、その承認は果たされいどころか、むしろ拒絶の打ち切りと言わんばかりにアルゴン君の世界全てが破壊されてしまった、という話でした。
・この新たな世界でたった二人、最初の人間であることを求めたアルゴン君。私の感覚として、創出した美しい女性をグレードアップするのは理解できるのですが、自分がそれと同率の存在になることを果たして望むのかなと。しかしその女性を得るということは、つまり同じレベルの存在になるということなのでしょうか。私は別に超絶美少女が自分のことを私が望む形で愛してくれているのなら自分なんて全然卑しくていい人間なので、ここでがっつり「俺アダムだから!」って姿勢で行ったアルゴン君にはそのあたりでプライドがあるのかな、とか思ってしまいます。さっきから変態的なことを言ってる気がしますが変態なのでそれは仕方ありません。
・アルゴン君は、もっと自分を卑しいというか女性に較べて低い次元の存在として自分を規定して、一方的な甘えを行ってそれに対する憐憫的な愛情を得ることによって救われたりはしなかったかなぁと。
・まあミス・ニッポンを召喚したのが運のつきな気もしますが。

○現実と理想の双方向要求
:ゼミで、アルゴン君は魔法のチョークという力を手に入れておきながら、それを理想世界の創造に使うことばかりを考えた結果、現実世界に何も働きかけをしなかったことが批判されているという項がありました。確かに、サイフを描けばお札が手に入ったとあるように、魔法のチョークの力を現実世界に活かし続けていくことだって可能でした。
・アルゴン君が貧窮や世間からの圧迫で現実世界に嫌気が差していたから、そこに舞い戻ることを恐れたのかもしれません。しかしそれを避けた先の理想世界もまた、アルゴン君という売れない画家にとっては大きすぎるキャンバスで、結果として理想に籠もることも成功していません。イブという女性を求めたことからも、「現実が嫌だから理想を求める」と「理想を作る力が無いから現実の要素も取り込みたい」という背反が発生しているのが分かります。つまり、どっちつかずになってしまった結果の末路なのではないでしょうか。
・理想に籠もるということは一見楽に見えて、実はとても難しいことなのかもしれません。何かしらの現実を抱えた中で生きているのが人間で、現実という思い通りにならない環境があるから理想もあるんだと思います。ならば結局、アルゴン君が救われる道は、魔法のチョークの力を使いつつも、あくまで現実における自分の向上に終始することしかなかったのかもしれません。
・となれば、理想空間の始まりである暗室を生み出すきっかけとなった、日光による実体化キャンセル現象への恐怖がアルゴン君の結末の原因なのかもしれません。
・ただ、物語はハッピーエンドで終わるほうが正しい、なんてことはないので、別にアルゴン君が救われなくてはならないという規定はありません。捉えておくべきは、どこにアルゴン君のルート分岐の可能性があったのかなということに思えます。
・アルゴン君が料理全集じゃなくて萌えキャラ全集でも買ってれb(ry


○もっかい雑感

 案外、空想だけで生きるのは難しいのかもしれません。
 先程私は、もし自分が同じような創造能力を得たら、かわいい女の子を作り出してイチャイチャしまくる……とまでは書きませんでしたが、ともあれ自分の好きな「環境」を作り出すでしょうと申しました。
 しかし、私の「環境」もまた、一つの新しい「世界」です。その形成における難しさは、もしかしたらアルゴン君の考える神話的新しい「世界」と、そう変わらないのかもしれません。そして、新たな「世界」を作り出すと決めた以上、容易にそれを破棄することはかなわないということを、この小説のラストシーンの壁の絵になるアルゴン君が示唆しているように思えます。
 思い描いたとおりのことができるようになったからと言って、その方向に進むのは、決して逃げによって為されるべきものではないのかもしれません。「空想を実体化しただけの世界に生きる」という、確固たる意志を求められるのだと思います。現実と関係していることの重要さを、改めて思い知らされたような気がしました。


 ……とまあ、そんな感じです。いや、案外イチャイチャハーレムを一から作るって難しいと思うんですよね、うん。そこんとこバランス良く使えるキャラを上手く描けたりする人はすごいんじゃないでしょうか。長編でこういう力を扱う場合、現実に依拠した理想の活用をできれば大物キャラになりそうな予感です。


 それでは、今日はこのへんで。この作品はだいぶ読みやすかったんですが、「S・カルマ氏」のほうが文章厄介で苦戦です。これの感想とかは……頭がこんがらがりそうです。
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テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

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